窓ガラスに写った自分に幻滅した経験

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外国に住む友人曰く、日本人は綺麗好きなのだそうだ。それも病的なほど。彼女は色々な国を旅しているそうだが、お尻をお水で洗ってくれる便器など、世界中にどこを探しても日本以外にはないらしい。しかも最近日本に来たときには、便器に触らなくてもボタンで便器の上げ下ろしまでしてくれるなんて!と驚いていた。普通の日本人が忌み嫌う公衆トイレでさえ、常に便器に何も詰まっていない状態であることはとても素晴らしいことなのよ、と言われて驚いた。国が違えばトイレが詰まっているなんて当たり前で、みんな前の人がしたものの上に平気で用を足すとのこと。ハワイくらいしか行ったことのない私にとって、その話は衝撃的で、やはり日本にしか住めないなと思うのだった。

だけどそんな私でも、「そこまでキレイにしなくても」と思うようなことがある。それはビルの窓ガラスだ。まるで鏡のようにピカピカにしていて、ときどき窓ガラスに映る自分の姿に衝撃を受けることがある。テープで録った自分の声が自分の声には聞こえないように、ふいにビルの窓ガラスに写る自分を自分とは思えず、それが自分だとわかった瞬間、ありのままの自分の姿に幻滅してしまうのだ。鏡じゃないんだから、そこまで鮮明に写るほどきれいに磨かなくても…と、プロの窓掃除の人に筋違いの恨みを抱いてしまう。まぁ、そのたびに「ダイエット頑張ろう」と本気で思うので、ありがたいと言えばありがたいのだけど。

ピカピカに磨かれた窓ガラスのビル街を歩いているとき、心なしかお腹を引き締めて歩いてしまうのって私だけだろうか。